「志高く」孫さんの自伝その2
孫さんは1957年生まれ。大変貧乏な子供時代だったそうだが、貧乏を悪いことと考えず、両親と祖母が懸命に働いていた様子、また、貧乏を世の中のせいや景気のせいにしていない様子が本の中では伺えます。決して卑屈にならない。むしろ明るい。これは持って生まれた性格なのでしょうか?

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日本で在日韓国人3世として生まれた孫さん(結婚により日本国籍取得、その顛末も書かれています)。子供時代に出自を理由に虐められたこと、日本では頑張っても認められないだろうことを早々に理解し、しかし、バネにしている。きっかけの善し悪しはここではさておき、早くから自分の人生と活かし方について深く考えることになったのだと思います。1973年の高校1年生の夏、孫さんは久留米大学附設高校1年のときアメリカに語学研修にわたる。このときのアメリカの自由闊達な文化にふれ1974年2月高校1年の終わりにとうとう留学してしまう。
うらやましい。
留学の決断に迷いがまったくないのですが、それを理解しバックアップする家族、先生。自分の進路を決めるにあたり、故・藤田田氏に単身で面会を求め「私が若ければコンピューターに関連したビジネスをやると思う」というアドバイスを高校生のときにもらっている。真剣さゆえの行動力。
留学先の高校の授業のレベルが低いと感じ、飛び級を早速申し入れ。さらなる飛び級を申し入れ。あっという間に高校4年生(4年制高校のため)になってしまうが、それでも飽き足らず大学検定試験を受けて合格してしまう。1974年10月。この勉強の仕方といったらすさまじい。やや無謀とも思える目標、決めてしまったら達成する強い意志と集中力。これももって生まれた資質でしょうか。
1975年9月、日本でなら高校3年生の秋に孫さんはホリーネームズカレッジに入学。大学生になっても猛勉強はさらに続き、大学3年生のときにUCB経済学部に編入する。
この時点で、凡庸な人の一生分はゆうに超える努力をしているのではないか?と思えるほど凄まじい。
既に実業家を志していた孫さんは、ホリーネームズカレッジ在学中は食堂ビジネスを、UCB在学中は、ポータブル音声翻訳機を発明し、シャープとの契約までこぎつけている(その後、シャープが商品を発売したのは私も覚えている。そのプロトタイプ、特許が孫さんのものだったとは。)
何かを成し遂げる人には根源的な体験があると私は思っているのだけど、やはり孫さんにもそれがありました。
つづく。
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- 2010年6月5日11:56 PM
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