心はいつもAirPucci (空元気でもいいから)

毎日がPucciを着ているような気分

消去法だったけど正解だった選択。

   


天安門事件の年に日本のIT企業で新入社員となり、世界中にインフラを納入するセクションに配属された私。父が各国の現地工場立ち上げのため子供の頃から長期出張で寂しい思いをしていたけど、
「自分も将来は父のように色んな国で働いてみたい」
という望みがかなったわけです。

でもエンジニアという職業は、自分の思い描く社会人像のための消去法で残ったもの。積極的な選択ではなかった。
自分の職業選択の条件としてあげたのは以下のもの。

  • 女性でも一生働くことができること
        →当時の大卒女子に人気だった銀行や商社の事務員は結婚退職が推奨されるので駄目。
         スキルが身につく職業を探さないと。
         女は馬鹿が意のままにできてよいという男尊女卑(古!)、
         学問は短大で十分、
         専業主婦になれという風潮がまだ残っていた時代(今では信じられない価値観ですね)

  • スキルが身につき、かつ、転職も可能な業界
        →同じところにとどまり続けることができないだろうと思って。飽きそうだから。

  • 父のように海外で働いてみたい
        →ので、可能性のある業界。商社じゃ女性は無理だから他で。

のめり込んでいたバイオ系研究職を断念し、2週間ほどの情報収集と自己分析で得た結論は見事に正解でした。

というわけで、プログラミングはできないし、ソフトウェア工学にパッションもない(というか、ド素人)新入社員だったわけです。(今では考えられないほどのポテンシャル就職?かと思います。)よく、香港法人の現地採用社員に「なんでお前みたいのが紛れ込んでいるのさ?」と、からかわれていました。

それでも、OJTで1年かけて学び開発したプログラムは世界中に売れ、1年目にして1生分(数億円)を売り上げました。これは、たまたまそういうプロジェクトに配置されたためで、私はラッキーでした。

かといって給料がよくなるわけではなかった。仕事の効率がよいので残業代がなく、むしろ同期よりも収入は少なかった。他にもつらく壮絶なことすらありますがここでは書きません。

自立と国際性を望んでの職種選択でしたが、人材は既に国際競争時代に突入していることを天安門事件やらバブル崩壊やらの数年後に知ることになります。本エントリーはその前フリ。

 - 空元気な日々

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  1. […] 天安門事件やらバブル崩壊やらの年に、仕事に自立と国際性を求め、消去法でIT業界にエンジニアとして畑違い就職をした私。 […]

  2. […] 天安門事件やらバブル崩壊やらの年に、仕事に自立と国際性を求め、消去法でIT業界にエンジニアとして就職した私。 […]

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