2010年9月

「希望を捨てる勇気」その2

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この本の「希望」とは、笑顔が似あう若者の希望ではありません。不況ネイティブな今の若者は、気の毒なほどに社会の抑圧的雰囲気を感じ取っています。しかし、年金満額支給で勝ち組といわれる60-65歳の団塊の世代は安泰が続くと信じており幸せそうに見えます(勝手な憶測。)そんな希望を捨てろと言いたい。

この本では半分近くを雇用環境による世代間格差について記述しています。
バブルがはじけ、大企業が不況のため新卒採用を削減したのは、奇しくも学力低下が進んだ団塊ジュニア世代からです。不況は一時的なものと思われていましたが、結局20年間続き、この間に正社員登用の違いによる世代間格差が生まれました。

著者の池田さんは1957年生まれ、NHK出身です。企業内の中高年余り「社内失業」にも言及し、原因を終身雇用制度と解雇規制にあると指摘しています。


(METI産業構造ビジョン概要より。2009年は社内失業率が13.9%あると指摘)

企業の若年層採用が進まないのは余った中高年のためだとこの本の中では結論づけていません。しかし、新卒採用が厳しさを増す昨今、中高年を解雇すれば新卒採用が進むという議論が見受けられます。これは本当でしょうか?

(上のグラフでは、社内失業率の高さは不景気と連動しており、転職市場が活発でないことと関係しているように見えます。)

池田さんが例に出しているのはNHKです。放送業界では、現場ディレクタークラスの30代がもっとも忙しいが、その後管理職になると現場を管理する必要以上の人員がおり、且つ、誰も辞めないため社内失業が多いとのこと。この構造は30代課長補佐クラスがもっとも忙しく、その後はポストが激減する(そのため天下り先を作る)官僚も同じです。

では、中高年を解雇すれば新卒採用は進むでしょうか?
放送局や官僚組織が必要としているのは即戦力。経験値の高い20代後半から30代を求めます。育成の余裕があるのなら、解雇した中高年の余剰分で新卒採用を増やすかも知れません。しかし、忙しい現場ですから、育成枠には限度があるでしょう。中高年の解雇は即戦力採用に向かうでしょう。

もう一つの例としてNTTを見てみます。


40代以降、特に50代以降が突出して人員が多く、非常にいびつな年齢構成です。これは1985年までNTTは公社であり、全国で人員を抱えていたことと関連します。50代以降の人は半公務員として採用された安定志向の人達のため転職も行わないという特殊事情があります。

仮にこの人達を解雇できたなら、新卒採用は増えるでしょうか?答えは否です。高齢の社員は、伝線技術者など技能職です。残念ながら彼らの技術は古くなっておりメンテナンス以外に活用ななく、今後消えていくもの、補充の必要はありません。(もちろん、技能職から営業職への配置転換も行われています)。古い技能者を解雇したところで新しい需要が増えて業績が上向きにならない限り、NTTのような斜陽産業では新卒採用は進まないでしょう。製造業を中心とした多くの日本大企業も同様な構造です。充足の必要がないスキルを持つ中高年が社内失業しているのです。

新卒採用の抑制も、一過性のものだったら多すぎる中高年のせいにできたでしょう。しかし、20年続いた不況で日本の産業が古くなり立ち行かなくなっているという根本的な問題が浮上しています。

経験者を採用し、それでも足りないときに未経験者(新卒)は採用されます。問題は中高年余りでも終身雇用でもない。新しい需要を生み出せない硬直した産業構造にあるのではないでしょうか?

モノ余りの時代だけど、自己を充足してくれる新しい価値があるものならば、既成のカテゴリーでも人は買い求める
新需要を創造するには、今までにない魅力的なものを創造するイノベーションが必要です。現状打破には、チャンレンジ精神あふれ、今までの常識にとらわれない柔軟な発想ができる若者にも期待したいところです。しかし、一部の優秀な人を除き若者が保守化してしまっている現在。学力体力ともに世界一だった日本の教育を破壊した日教組教育のせいだと言いたい。悔しくてなりません。

希望が生まれない限り、つづく。

いまさらながら「フラガール」

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2006年公開の映画、ようやくDVDで見ました。テレビ放映も既にあったはず。。遅すぎる。。映画として見たかったというよりは、世の中の変化で閉塞的な環境に追い込まれた人達がどうやって希望を見つけたのか参考にしたかったのです。

舞台となった常磐炭鉱は1976年に閉山。今から3-40年前だ。意外と最近(100年以上くらい前のことだと思っていた)。

明治時代の殖産興業からエネルギー・製鉄業を支えた炭鉱は、現在は1箇所を除き閉山しているそうだ。新日鉄の八幡製鉄所跡地にできたスペースワールドは民事再生し、北海道の夕張炭鉱を擁した夕張市は市が財政破綻している。常磐炭鉱のレジャー産業への業態転換は石炭産業が斜陽化した1950年代後半に構想されたというから、着眼の速さに驚く。同時に、
・掘削で廃棄していた温泉湯を利用するという発想
・単なる温泉宿ではなくハワイアンを集客の目玉とする
・いずれ職を失う労働者の新しい受け入れ先とする
という、戦コンもびっくりのトリプルソリューション。何よりも、温泉湯という資源だけで(しかも炭鉱業では廃棄物扱い)、サービス業への大胆な業態変更を決断したのには驚く。今そんな計画をしたら労働組合の激しい抵抗でつぶされるだろう。全く違う職に挑むことは苦労の連続だったと思うけど、その後の八幡や夕張に比べて現在も職があり人々に喜ばれていることは常磐の人達にとって幸せに違いない(少なくとも不幸ではないと思う)。

当時の石炭業は輸入石炭の価格競争に負けるのと、エネルギー源が石油にシフトするのとで、斜陽が見えていたというのだから、あがなえない環境の変化に対する相当な悲壮感があったと思うけど、自ら変わることで希望を見出す人達が過去の日本にいて、しかも、それほど昔ではないという事実。前を向いて、自分から変わっていくこと・変化への対応を後手にしないことが大事なのはいつの時代でも同じだなあと感じました。

映画では、蒼井優ちゃん演じる炭鉱の娘が、街の将来を危惧する気持ちよりは、フラの先生に触発されて、反対する母と衝突するほどに強く「変わりたい」と主張する様子が印象的でした。東京からフラの先生として乗り込んだ立場から、炭鉱に生きる様々な立場の人々の反発を一身に浴び、それでもプロとしてのプライドは失わず、人との接し方を少しづつ改めていったフラの先生を演じる松雪泰子も人の情を感じさせてよいです。

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5 松雪泰子の気っぷのよさとぐっとくる美しさが個人的には見所
5 みんな笑顔で働ける、そんな時代つくれるかも知んねー
5 何をしていいかわからない。
4 ベストキャスティング
4 「束縛からの開放」が観る者を元気づける。

マザーハウスのカバンを買いました。

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銀座に新しくお店ができるということで、行ってまいりました。場所は阪急モザイク(数寄屋橋阪急)の2F。

とあるSNS(mixiでもgreeでもありません)で、「すごい人がいる」と、マザーハウスの山口絵里子さんのお話を人づてでお伺いしたのは確か2006年。バングラデッシュに現地素材ジュートでできたバッグの製造工場を作り、途上国支援をscopeに入れた事業を行うとのことでした。

当時のジュートといえばズタ袋のイメージ、ゴツゴツしていて加工も難しそう。ファッションブランドで採用しているところはなく、イタリア郵便局で郵便を運ぶため使用していたジュート袋をリサイクルしたバッグが一部ではやっている程度でした。

SNSで回ってきた初期出荷(と思われる)製品の写真をみての印象は
「んー厳しい。正直デザインが。」
「ジュートは高級感が出ないのでこれが限界かも。高いから支援だけの気持ちでも買えない。レザーじゃだめなの?レザーだったら少しは高級感がでるのに。」というやり取りをSNSのお友達としていました。気持ちは素晴らしいけど、商業的には難しそうだな、、というのが私の印象でした。

それが、その後の目覚しい進展は皆様ご存知のとおり。

ジュートの野性味あふれる素材感は織が細やかとなり、難しいとされた染色にも成功して多色展開となり、とても満足いくものに。レザーのラインアップも追加になっていましたが、ゴワゴワのありがちな品質のものではなく、とっても柔らか。
縫製も目がそろっていて丈夫そうです。
何よりもデザイン。社長の山口絵里子さんご自身がデザインやバッグ制作の修行をメーカーでなさったそうです(それは正解だ)。

今使っているカバンが古くなってきたので、買い替えをずっと考えていたのだけど、選択肢は山ほどあって、とてもじゃないけど選べない。
「ブランド物じゃ飽きがくるしコスパが悪い。職人モノは良いけど重く使い勝手がイマイチ。ほどほどの素材感と価格でよくデザインされた製品は山ほどあるけど、バッグは頻繁に買い換えるものじゃないし、どうでもよいものを買うのもなあ」

というのが、
モノ余り成熟国に生きる消費者(私)の心理でした。

色々考えて、意義のある消費にたどり着いている。
マザーハウス副社長の山崎氏考察のとおり、でした。

・どうせ使うなら、使うお金の意義を考えたい
・モノを購入したときの満足感指標に、「正しい消費をしている」という項目が自分の中で追加されている

以上の2つがモノ余り時代をサバイバルしてきた自分のたどりついた先です。
ブランド物は論外となり、ほどほどの素材とコストで中国生産したものも選択肢から外れます。正しい消費なのか、その販売業者や生産者の行動が不透明だからです。

・何よりも、使い勝手とデザインがよいこと
この点で、こだわり職人モノで選択肢に残るものがありませんでした。

モノとして生産者の考えが明らかで、プロセスが公開されており、企業として信頼でき、ちょっとした社会貢献ができたかもという満足も与えてくれる。言うまでもなくモノのデザインや品質がとても良い。

私はマーケティングをするので、人をはめ込んでも自分ははまらない(笑)という自負があるのですが、見事にマザーハウスにはまってしまいました。

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the first 10 years of 21st century has past

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21世紀最初の10年がもうすぐ終わる。いつの時代も変化は激しいけれど、この10年は変化のスピードが速く、誰もが影響を受けたように思う。変化の要因が複数あって一度にやってきたため、因果関係がわからない問題だらけだ。原因と結果が対でなく、複雑に絡み合っているため、なぜよくない状況に自分が陥ってしまったのか理解できずあきらめや絶望を抱く人も多い。

個人的には、2001年12月:中国のWTO加盟による市場開放を大きな変化要因と考えている。

日本の製造業が中国に転移することは見込まれていたが縫製や白物家電のアセンブリ等の比較的単純な労働にとどまり、日本は引き続き世界のハイテク工場であり好調な輸出を維持すると考えられていた。高度な生産技術が日本の資産であり習熟した日本の工員こそが生産すべきと考えられていたためだ。しかし、デフレによる価格低下圧力と中国人労働者の習熟スピードの速さにより、半導体も液晶も出ていった。

ハイテク工場まで流出するのは予想外だったけど、中国人の提供する安価な労働力により、国内から生産労働が出て行くことは中国WTO加盟時に明白だった。識者でなくても、ちょっと考えればわかることなのに、多くの人は中国の市場開放を民主化とでも勘違いするかのごとく歓迎した。

職を失うであろう工場労働者のために新たな職をあてがう必要があった。しかし、バブル崩壊以来続く不況で雇用環境はよくない。当時労働力不足だったのはITだ。規制緩和が行われた介護や起業も新しい労働受け入れ産業と期待された。工場労働者の転職はスキルチェンジを伴うので、100%支給の教育給付金制度が各方面で実施された。

この10年で製造業従事者の減少分、サービス産業従事者が増えている。しかしスキルチェンジも労働転移の調整もそんなにスムースに行くはずがない。美しい技を持つ人が職を失い、また、期間工の問題を生んだのはこの時代の悲劇だと思う。



(2000年と2005年の産業別就業者数比較。国勢調査より。建設業と製造業の減少を福祉・サービスが補っている、)

個人的にはハイテク品の生産が日本人には一番向いていると思う。地方には各メーカーの工場があり、地元の人が勤めていた。工業高校卒以外の人も工員となるが技能の取得が早く、品質は世界一。1980年代からの日本経済成長に大きく貢献した人達。失われたことが私は悔しくてならない。今でも涙が出るほどだ。

変わってしまったものは仕方がない。この10年を冷静に振り返り、今後どのような産業構造をとるべきなのか考える必要がある。
これからも日本は新しい産業で成長すべしと私は望んでいたけど、中国が日本を抜きGDP2位になったニュースを聞いてつき物が落ちた。

・日本はもう成熟国になった。かつてのような大きな成長は望めない。それは他の西側先進国もおそらく同様だ。
・日本の成長を支えたものづくりは熟練した職人工にあったのは事実。それは手先が器用でまじめな日本人の特性であり、他の国に対する大きな差別化ポイントだと思っていたけど、そうではなかった。日本人だろうと何人だろうと、人はまじめに取り組めば技能を習熟していくものだ。フラット化してしまった世界の中でモノ作りで暮らすには、技以外のプラスαが必要なのだろう。
・GDP(≒国内でのモノの生産や消費)が伸びないからといって不幸なわけではない。むしろモノもインフラも既に充足していて幸せに感じる(少なくとも大きな不便は感じない)のは成熟国家ならでは。
・一方で、高度経済成長期の日本がそうであったように、中国やインドのようなGDP成長国を見ていると、彼らの消費は先進国として生きるための消費に見える。そう、マズローの要求レベル2のレイヤーにいる人達のようだ。洗濯機、冷蔵庫、エアコン、携帯、車、人よりも美しく着飾るモノを彼らは欲している。成熟国に住む私たちにはあえて緊急に買い換える必要がないモノばかり。
・モノが充足した成熟国家に住む私たちが欲しいと思うものは何だろう?成熟国の生活インフラは充足されている。私たちがマズローの要求レベル3以上にいるとするなら、今後私たちは何を欲っし、何を世界に提供するのだろう?今までの技術と経験の蓄積、反省点すら資産のはずだ。世界には解決すべき問題が沢山ある。野口さんのいた「きぼう」から地球を眺める気分で視点を高く持ち上げ、世界を俯瞰してみれば、新しい課題が見えてくる。
・インフラを必要とする国は沢山あり、私たちのインフラも改良していく必要がある。エネルギーシステム、交通システム、通信システム、水道システム。クリーンで環境負荷の低いもの、途上国は最高を最初から望むのだ。
・不満もない、不便もないならば、あえて制限を加えてみるのもinnovationを起す手段の一つだろう。「最良のデザインは極度の制約の中で生まれる」by ティム・ブラウン(IDEO)
・モノが不要な成熟国でiPadが売れたのは大きなヒントだ。iPadはPCの起動の遅さという不便を解消するというよりは、ワイヤレスでくつろいだ姿勢でも使えるスタイル、直感的なインターフェースでストレスがなく使い方を夢想できる楽しさを与えてくれた。Appleが提供したのはiPadという美しいモノおよびソフトが選べるiTunesStoreというサービスがセットになったexperienceだ。開発環境と課金プラットホームで開発者を取り込むエコシステムも作った。電子書籍に関する議論が日本中で巻き起こり、私の姪(中1)の学習スタイルを変えた。技術的にはタッチパネルを全面利用した程度で大きな発展はないのに、私たちのスタイルを変化させるinnovativeな製品だった。
・世界には問題が沢山あり、気づいていない何かを解決できるなら、成熟国でもニーズは作れる。洞察力が足りないのか?気づいて提案し実現し改良すればよい。なぜ踏み出せないのだろう?やはり日本に今足りないのはグローバル時代のリーダーシップだけのような気がする。

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