心はいつもAirPucci (空元気でもいいから)

毎日がPucciを着ているような気分

消える

      2012/01/07


ゆく年来る年には少し早いけど、、今年は色んなものが消えてしまった年でした。
震災で失われた多くの人々の命が何よりも大きいでしょう。

敗戦直後のようだと言われていましたが、そういわれても敗戦直後を知らないのでピンときていなかったのですが、そうなのかも知れない。と最近感じるようになりました。とにかく、何も無いところから立ち上がって行かないと。

モノを所有することも意味がなくなりました。所有したとたんにモノの価値が下がるし、そもそもデフレなのでモノを所有すること自体に経済合理性がないし、所有物の差よりも能力の差へと価値がシフトしました。

ビンラディンやらカダフィーやらキムジョンイルやらが亡くなりましたが、意外にインパクトが無かったな。ジョブズの死は大きくぽっかりと穴が開いたようでした。

個人的に消えて嬉しかったのが、プログラミングへのトラウマです。

新卒で配属された職場は、海外向けのインフラ開発で意義のある仕事でしたが、とてもきつかった。500人の職場で2年に一人が亡くなるキツさでしたから。私はバグの無いperfectなプログラミングができるようになったものの、好んで配属された職場ではなかったので、プログラムコード漬けの毎日に休まる気がしませんでした。

10年居た職場なので5人の死を経験しました。1人目は同じ課のおじさん。ある日「ご本人が亡くなりました」との文書が。みな平然と仕事を続ける様子にショックを受けたものです。2人目は子会社の誰か。3人目は5年ほど先輩のアメリカ駐在の方。一時帰国のとき、帰ろうとして立ち上がったときに倒れてなくなられました。4人目は、同じ課で子会社出向した課長さん。突然植物状態になりました。5人目は私、、になっていたはずです。が、その前にドクターストップがかかりました。いわゆる自律神経失調症で、体温が35度程度にしかならず、真夏でもセーターを着込み震えていたそうです。プロジェクトがデスマーチで、「今、ここで倒れたら、このシンドいのは他の誰かに向くだけ、、」と思いながら1年半の療養生活に入りました。

体調も少しづつ復調し、職場復帰した3日目。朝5時頃に目が覚めました。枕元に人が立ったのです。今倒れたら、シンドいのはこの人に向くだろうと思っていた子会社の同僚です。怒っているのが表情で分かります。私は首を絞められました。何も言えませんでした。「ごめんなさい何もできなくて。この通り体調を崩し私もしんどい。本当にゴメンなさい」と心の中で言ったでしょうか。フッと首が緩くなり、その人は消えました。夢なのか、生霊の体験でもしたのかと思いました。

その日から3日後、その同僚が自殺したとの連絡が入りました。自宅で首を吊ったそうです。死亡推定時間は3日前の朝5時頃。不思議な体験と同じ日時時刻でした。驚くばかりで、こんな嘘のような話は誰にも言えません。やはりプロジェクトはデスマーチに陥り、その人にシンドいモノが向くような形になったそうです。

プログラムのコードを見るのは勿論、システム設計を考える事すら辛いことになりました。しかし、他業界に行くにはキャリアを積みすぎで、IT業界内でキャリアチェンジすることでシステム開発の現場を離れました。

今年の秋、お台場のゆりかもめに乗っているとき、トラウマが消えてなくなっているのをふと感じました。遠くに行ってしまったというか、十分な時間が経過したというか。もちろん、思い出すたびに5人の方々のご冥福をお祈りするのですが、ずっしりと抱えていた重さはすっかり消えているのを感じます。

手軽に開発できる環境が整うのも大きいですが、やはり、プログラミングを楽しんでいて才能のある人が増えているのが影響として大きい。そのような方々と接することで視点がかわり、抱えていた重いものが崩れていきました。

要らないものが消えたことは嬉しい。随分と長い間閉じていました。
華麗なperfectプログラミングを復活させたい、あと少しです。

 - Thinking

Comment

  1. […] 「消える」というエントリーを書いてケリをつけたつもりですが、突然の悲しみに腑が引き裂かれるようです。 […]

  2. […] 最初の職場でプログラミングを学んだのですが、そこで人が死んだのです。今でこそ過労死は認知されていますが、当時はそういう認識がなかった。名誉の戦死くらいの認識な職場でし […]

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