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Facebookオワコン論とパーマリンク要らん論で振り返るネット年末

   


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昨年も言われてたような気がしますが、10代のFacebook離れが著しいそうで、kirikさんが確かにFACEBOOKが終わっていってるなと総括されています。

これと同時に思い出したのが、今年後半からじわじわ言われだした、「あれ?もうURLっていらなくね?」論。チラチラと見かけていたのですが、nanapiけんすうさんがパーマリンクは限界だと思うとまとめられたのが初めてだと思う。

ネットの固定化力に違和感を感じてきている人が増えてきているということですね。
月日とともに友達の何人かは疎遠になるのが普通で、それを無理矢理固定化するfacebookもどうかと思うし、
情報を伝えるのに、わざわざURL取得してネット上に固定化してURL伝えてって面倒なことしなくちゃいけないのかと。第一、全部ネットに固定化されて一生自分にまとわりつくなんて重苦しい。

通信回線が遅くインターネットリソースが高価だった時代は、ネットに情報を固定化することに価値がありました。しかし、皆がスマホを持ち、いつでも自由につながり、リソースも大量に無料で使える時代では、もっとふわっとした沢山のintentionが表現されてはじけ散っているように見えます。あふれる情報フローの仲で、誰かが歴史家のごとくコンテクスト抽出し情報を固定化(まとめ)する。記憶されたものに価値があり、振り返ることができればいい。

facebookが押し進めた実名制は、ネット人格と現実人格の同一化というソーシャル社会を生み出すきっかけになりましたが、もはやソーシャルでは格式がありすぎ、大きな物語過ぎる。ソーシャル成立のもっと前段階にある、ちょっとした思い・楽しさ・喜びを表現し、それを流す事でつながるべき人とつながることができればよいという、コンテンツフロー型になったといいますか、マイクロポップ化といいますか。より現実に近い身近なネット社会になってきてるんではないかなと思います。

マイクロポップとソーシャルの区別がつかないと、twitter炎上みたいなことになってしまうのですね。

 - Thinking

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