Page Oneより”Recorda Me (Remember Me)”

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一生で一番好きなアルバム、ジョー・ヘンダーソンのダブルレインボウ。
iTunesストアでも視聴ができます。

このアルバムはBossaNova創始者といってよいアントニオ・カルロス・ジョビンのトリビュートアルバムなので全曲Bossaなのですが、ジョー・ヘン自身はStraight AheadなJazzミュージシャンです。
若い頃の代表作、Page Oneはジャケ写買いの定番ですね〜
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同じくジャケ写買いの定番の定番としてよく紹介される、Sonny ClarkのCool Struttin’は、いまいち普通のjazzで個人的にはどうでもよいです。
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JazzとBossaは別物で(Jazzのハーモニー理論にブラジリアンリズムを結びつけて作られたのがBossa)、上手なJazzギターメンでもBossaはできないと言うのですが、ジョー・ヘンは若い頃からBossaも好きだったみたい。Page OneにあるRecorda Meというジョー・ヘン作曲ナンバーがかっこいいBossaなのです。

それでは、Recorda Meの聞き比べ、いってみよう。

まずは PageOneに収録されているもの。これは埋め込み不可だったのでリンク先に飛んでくださいな。
http://www.youtube.com/watch?v=opwZVX7ZZ28

次は、ピアノのおっさん、ハンク・ジョーンズによるシンプルなピアノトリオの編成でどうぞ。

ジョー・ヘンが終わった頃から始まる、ベースのおっさんデイブ・ホーランドによるRecorda Me.アップした人はベース研究家さんでしょうか。デイブ・ホーランドの演奏は粘り気があって、最初聞いたときは白人ベーシストとはわかりませんでした。

最後に、豪華メンバーによるRecorda Me。バービー・ハンコック(P)、ロン・カーター(B)、神童トニー・ウィリアムス(Ds)というマイルス黄金60年代バンドメンバーですよ。トニーのやんちゃくさいDsソロで始まるのでRecorda Meのテーマは1:15頃から。

ジョー・ヘンはエレガントですてき。Dexおじさま(デクスター・ゴートン)の朗々としたノリも好き。一番好きなのはマイルス黄金60年代バンドのウェイン・ショーターなのですが、また次回に。

Recorda MeってRemember Meって意味だそうです。
本当に、忘れないでいてほしいわ。せつない。

ハウルの動く城byフランク・ステラ

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フレームワークを超えていく、日本ならではの天才。浅田真央。

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才能があって努力する。真の天才、浅田真央ちゃんが好きでたまりません。

2010年オリンピックの結果は銀メダルと、やや残念でした。キムヨナとの対決は何かと取りざたされましたが、こちらの考察がとっても秀逸でした。

NETMarketing Onlineより関橋 英作氏
第106回:キム・ヨナ選手の金メダルは欧米型マーケティングの典型例

金メダルというゴールに到達するためにキムヨナ陣営は徹底的に分析を行い戦略に落とした

・観客が欧米人
 ・007という欧米人受けするプログラム
 ・欧米人にとってのアジア人を思う流れるようなスケーティングプログラム
・浅田真央の弱点活用
 ・ライバルが苦手とするショートプログラムで差をつける作戦
・採点競技ならではのネットインプレッションの活用
 ・GOEという心象得点をたたき出すためのロビーを含めた活動

ゴールを決め、達成するための戦略に落とし込み、実行していく。その積みあがった点数で(様々な批判はあれど)オリンピックではキムヨナは勝ちました。フレームワーク型戦略の勝利です。007は多少目先を変えていたものの、プログラム自体はあまり進歩がなく面白みがないという声が多くきかれました。

一方、真央ちゃんが自分に科したのは今までの自分にできないこと。同じことをやっていても意味がないと自ら言い切り、誰も理解しない中、難解な『鐘』というプログラムに頑固に挑み続けました。プログラムの難しさ、テーマの難解さゆえ、2009年10月のグランプリシリーズで表彰台を逃すという屈辱を味わっても。

オリンピックyear早々に第一線から消えた真央ちゃん。沈黙を破りついに、年末の全日本、2010年の4大陸選手権で『鐘』を完成させます。

これを見たとき、本当に鳥肌が立ちました。
もはやスポーツの領域にとどまっていない。
抑圧されたロシア国民の感情を込めて作曲したラフマニノフ、多くのロシア国民が思い入れた曲を、すべての身体能力を使って表現する芸術、18歳という年齢で異国の民族感情を理解し表現しきり、大きく評価される。誰よりもプログラムに思いを込めただろう、ロシア人のタラソワコーチが涙するほどに。

関橋氏は、

一方、トリプルアクセルにこだわり、ロシアの怒りと悲しみを表したラフマニノフの「鐘」を選んだ浅田真央選手。とても、勝つための戦略を考えていたとは思えません。誰も到達したことのない技、自分の表現力を超えた芸のことしか眼中になかったのでしょう。

と、真央ちゃんを評します。

日本人の技、仕事は神の領域に達しているのではないかと思うことがあります。

東大阪の工場で職人さんの手作業で磨かれるレンズは、機械で測定しても完璧な球体をしているそうです。
金型職人さんは数ミクロンの違いを感じ取り、手作業で型を起していくそうです。
日本人職人の作る原子炉は、手作業で磨き上げた金属の分子の並びが顕微鏡で見ても均一で丈夫なのだそうです。

分子一つの世界でモノをコントロールする、神は細部に宿るといい、八百万の神を信仰し、自然を崇める、日本人ならではの感覚がなせる業なのでしょう。
”とりあえず使えるもの”という目先のゴールを見るのではなく、真にあるべき姿を見据えて努力する。いや、真にあるべき姿を思い浮かべることができることが、美と技が不可分な世界に生きる日本人ならではだなと感じます。

関橋氏は、

(フレームワーク指向)では、決められた枠の中で多い少ないを決めているだけ。枠からはみ出したモノは生まれないし、想像を超えたような、とてつもないフィギュア(に限らず、よいもの)は出てこない。

と指摘します。

日本人の作り上げるものは素晴らしいのですが、一方で、速さ安さが求められる局面でも完璧を求めてしまうというズレも起していて、スピード感の無さが最近の産業競争力低下の一因にもなっています。

自分を更新し続ける圧倒的な芸か、とりあえずでいいからまず他人をエンターテインするか。

『完璧で素晴らしく美しいものを作る』という日本人が本来持つ真央ちゃん的資質に加え、『とりあえず形にして反応を見ながら柔軟に作り上げていく』というキムヨナ的optionを獲得し、使い分けることができたら最強なのですよね。

それでもやはり、真央ちゃんが好き。真央ちゃん的な真の本物が好きだなあ、と思う私はいかにも日本人ですね。とりあえず、というoptionに抵抗は感じます。それではイカンのです。

粗野にして精細、等伯にやられっぱなしの京都。

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長谷川等伯展を見に、京都国立博物館へ行ってまいりました。東京で見ればよかったものを、うっかりして見逃し。岡山に行く用事があったので、その前の日に京都に立ち寄ったつもりが、あまりの凄さに圧倒され、岡山の用事をキャンセルして等伯ワールドにはまった土日でした。
もともと高校生の頃から西洋美術の印象派~現代美術が好きで、日本画は印象派に大きな影響を与えた文化として捕らえていました。本流(西洋美術)に対する周辺文化であると。
そんなの、大間違いでした。日本美術、むちゃくちゃかっこいいですよ。
見たのが等伯だったから、今までの認識が覆ったのでしょう。日本画というと、狩野派のそそっとした隙のない、美しくて優等生、作り物のような絵を思い浮かべます。能登から京都へ腕一本で一旗あげようと上京した等伯。野心たっぷりです。まず、やられてしまったのは、この木のごつごつとした野生的な肌。これは大胆を通り越して粗野と言ってもいいのでは?美しくも生命の躍動感を感じる日本画。等伯の人物像がもたらすものでしょう。


一番好きだったのがこちらです。「松林図屏風(しょうりんずびょうぶ)」国宝指定だそう。手抜きっぽく見えますが、やはり、下絵と考えられているそうです。等伯のものの見え方がわかるようで、ありがたかった。見ているうちに、この抜け感が完成形なのでは?と思えてきます。等伯の生きた時代は戦国時代ですが、平均寿命18歳だったといわれる武家がお屋敷をこのような襖絵で飾り、過ごす日々はどのようなものだったでしょう?静けさと刹那を感じたとき、千利休の鋭い視線を覚えた気がしました。


等伯自身は、大胆な面をもちながら、とっても愛嬌のあった人なのだろうなというのが動物や人物描写に見て取れます。こんなにかわいい表情、よく見ていますよね。


温水さんみたいでかわいいなあ~まさか400年後にこんな風に多くの人に見られているとは思っても見なかったでしょうね。


日本画の特徴は、基本的に表具であること、画材が西洋のものと異なることもありますが、最大の特徴は、構図にあるでしょう。細部を見、全体を見、左から、右から。どこから見ても、どこを見ても絵になる。見るほうが動けば絵も動く。西洋の遠近法にはない、日本人のものの見え方の優秀さをあらためて感じることができました。

東京もすごかったらしいですが、京都も連日大盛況だったようです。このような展示を見に行こうという人が日本に沢山いることも幸せに思いました。先人から受け継いだ文化、大切に、永遠に残したいですね。

ルーシー・リー展に行ってきました。

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28日から国立新美術館で始まった、ルーシー・リー展。素晴らしかったです。
「地球上のどこに今住んでいようとも、すべての人に見に来て欲しい」
それほどまでに思ってしまう。圧巻でした。
ルーシー・リー展

昨年も三宅一生キュレーションでルーシー・リー展が行われましたが、今回は規模が違います。
美術館蔵の作品はもちろんのこと、個人蔵の作品も展示され、ルーシー・リーが生涯取り組んだ軌跡を眺めることができます。これほど大規模な展示が日本で行われるのは20年ぶりとのこと。作品数は200強。作家が生涯作ったものの展示として、パリのピカソ美術館で見た様々な創作オブジェ群を見たとき以来に心躍りました。制作にかかわるノートも公開されています。

彼女のイメージともなっている、よく知られた美しいフォルムの碗と花器で作品展はスタートしますが、
ルーシー・リー展


個人的には、彼女の初期作品を拝見できたことがよかったです。

溶岩釉と名づけられた作品。
ルーシー・リー展

マグマの噴火で、地球のあらゆる鉱物資源が溶け出し冷え固まる様を再現したかのような、プリミティブな美しさ。
すべての仕上げを一度の醸成で行う彼女の手法の原点だそうです。

1902年、オーストリア生まれのルーシー・リー。建築に影響を受けただけあって、彼女の家具と室内のデッサンもありました。とてもモダンな感性。しかし、時代は素朴な民芸復古にあり、独自の美の世界を追求する彼女はなかなか評価されない不遇を迎えます。

そのような風潮のなかでも、自らが美しいと感じるものを作り続け、多くを試み作品を生み出した軌跡に、人が本来もつ創造性というエネルギーはとてつもなく大きいものなのだと感じさせられます。圧倒的な美しさとそれを静かに追い求める執念には、インテリアやアート建築好きの方のみならず、一人の人間が一生をかけて何かを追求するという生き方の偉大さを感じ取ることができると思います。

本当に、地球上のどこに今住んでいようとも、すべての人に見に来て欲しい。よくぞこれだけ集めて展示できました。素晴らしいです。
私はもう一度見に行きたいと思います。

Amebloやってます