2011年4月8日
最も関心の高い事項なのに、物理学者は生体メカニズムを理解しておらず、医療向け放射線治療の医師は、空気中に低量放射線/放射性物質がある状態ではなく、あくまでも自分たちの専門分野、一回当たりの放射線照射(放射性物質ではない)による人体影響にしか言及できず、煮え切らない答えしか見つからない。
そもそも空気中に低量放射線/放射性物質がある状態が人体にどう影響を及ぼすのかなんて、調べることはできない。実験するわけにはいかないもの。
なので、チェルノブイリの例が一番参考になりそうで探していたのですが、 (続きを読む…) «人によって異なる。放射線に対するリスクの捉え方。»
2010年10月31日
先日、日本サムスンのデザイナー、吉田道生氏のお話をお伺いしました。
非常に興味深い内容だったので、ブログにまとめようと思うのですが、その前に、吉田氏が過去に寄稿したビジネス記事が在るとかでbooknestというサービスを利用してみました。

複数のビジネス雑誌のバックナンバーから好きな記事のみ購入できるサービスです。購入後はすぐにオンラインで読めるうえ、後日、オンデマンド出版で表紙をつけて送付してくれます。
オンラインで読める形式がflashなため、iPhone,iPadで見れないのが残念ですね。バックナンバーから好きな記事だけ購入してiPadで読めるサービスは理想でしょうね。
吉田氏のお話レビューは後日書いてみようと思います。
2010年7月1日
このブログ久々。はおいといて。
先日DTP boosterなる印刷業者の勉強会に行ってきました。もろIT系な私は場違い。
そして、なんだか常識が通用しない。同じことを向こうも言いたいだろうな。私の立場はあくまでも電子書籍を楽しむ側だからね。
とあるセッションで、「ePubとかPDFとかというフォーマットを生み出すような、中間フォーマットが必要だという議論がされている」という紹介があり、
いや~~~~~~~~な予感が
しましたですよ。ハイ。ここ、印刷業者の集まりですもんね。
やっぱりそうでしたよ。
実験る~む
印刷会社にあるのは「印刷用の中間生成物である最終データ」
池田信夫blog
役所は電子出版に介入するな
アナログ時代の印刷は、高度な技術とノウハウの蓄積で、その成果物「中間生成物」であるフィルムは会社としての生命線であることは理解できる。日本の印刷技術は世界一で、いろんな国の人に「紙も印刷もありえないほどキレイ」と言われ、日本人として本当に誇らしかった思い出があります。印刷物が海外旅行客に喜ばれる時代があったのです。それほどまでに日本の印刷技術は抜きん出ていた。
(なので、アメリカのMOOという名刺印刷サービスにwe love to printなんて日本人みたいなメッセージがあって、びっくりして思わず申し込んでしまったのです。)
印刷という特性上、いったんできたフィルムを使えば、複製が比較的容易であることから、ノウハウに対する知的財産としての保護を求めた動きも理解できます。技術の買い叩き防止には必要なことですから。
でも、それはアナログ時代のもの。
電子出版はアナログ時代とはまったく別なモノ、inovativeなモノなのだ。
ちょっとした(いや、かなりの)センスがあれば、Adobeとかのソフトを使って、誰でもかっこいい版下を作ることができる。版下という概念も不要かも。最終稿を作って出しができるんだから。
DTPの出現で組版工が不要になったように、紙の流通がデジタルメディアに変わることで、フィルム「中間生産物」も不要になるのだ。まあ、紙の流通が不要ってことは印刷会社そのものが不要ってことなのですが。
そこは、アナログフィルム時代に知的財産としての地位を獲得した「中間生産物」を電子出版にも持ち込んで、印刷業界として自らの延命を図る。まるでJALのOB/OGのような言いがかりだ。
ある印刷会社に勤めるDTPオペレーターにアルバイトでお仕事を頼んだことがある。
DMを作るというお仕事。当時私はイラレやフォトショを持っていなかったので、印刷会社に持ち込むai形式の版下が必要だった。その作成をお願いしたのです。
・写真撮影は私がしたものをTiff形式で提供
・ロゴも私が作成したものをpng形式で提供
・レイアウトも指定
・文章も指定
・フォントとサイズも指定
要するに思い描くイメージがあったので、出来上がりには満足(全部自作の素材だ)。
印刷所からあがってきたDMをスキャンし、ホームページに掲載したところ、
DTPオペレーターから「著作権違反」の通告が来た。
アホですか。素材の著作権が全て私にあってレイアウトも指定したのに、たかがオペレーターごときに何の著作権があると聞いたら「中間生産物の著作権」だと。
中間生産物を印刷した表面をスキャンしているので、DTPオペレーターが作った中間生産物の著作権侵害に当たるとの主張でした。
アナログの超高度なフィルム作成を依頼したのなら、私も中間生産物の著作権は認める。今回はただのaiファイル(イラストレータ)だ。素材の著作権もレイアウトも私が考えたものだからむしろ著作権は私にある。DTPオペレーターに依頼したのはあくまでもaiファイル作成作業であり、DTPオペレーターに認められるのはせいぜいaiファイルの所有権だ。
ちなみに、印刷会社は何の著作権侵害も言って来ていない。当たり前だ。
データ入稿しているので、おそらくデータを下に直接紙にインクを噴出して印刷しているはず。フィルムなんてものも存在しないのですよね。
DTPオペレーターに支払うギャラはあくまでも技術料としてである。その人は著作と認められるような高度なレイアウト技術や感情表現など一切行っていない。
「中間生産物」とは、旧式プラットホームの住人が新式プラットホームにしがみつくための詭弁なのだ。
それよりも、今DTPオペレーターとして働いている人は、電子出版に必要とされるセンスを磨いて、デジタル出版したい人に欠かせないビジュアルデザイナー&レイアウトデザイナー&アートディレクター&電子出版専用ソフトウェア(InDesignがそうなるのかなあ?)オペレーターとしての地位を、個人で獲得したほうがいいと思います。
せっかくの変革の機会なのだから、変な詭弁にすがるのはやめて。勇気あるtransformを歓迎したいです。
大印刷会社の策略と大出版社の困惑と官僚の思惑から抜け出して、
クリエイター魂炸裂したインディーズなデジタル出版に期待してます。
2010年6月5日
孫さんは1957年生まれ。大変貧乏な子供時代だったそうだが、貧乏を悪いことと考えず、両親と祖母が懸命に働いていた様子、また、貧乏を世の中のせいや景気のせいにしていない様子が本の中では伺えます。決して卑屈にならない。むしろ明るい。これは持って生まれた性格なのでしょうか?

(iTunesストアへ。)
日本で在日韓国人3世として生まれた孫さん(結婚により日本国籍取得、その顛末も書かれています)。子供時代に出自を理由に虐められたこと、日本では頑張っても認められないだろうことを早々に理解し、しかし、バネにしている。きっかけの善し悪しはここではさておき、早くから自分の人生と活かし方について深く考えることになったのだと思います。1973年の高校1年生の夏、孫さんは久留米大学附設高校1年のときアメリカに語学研修にわたる。このときのアメリカの自由闊達な文化にふれ1974年2月高校1年の終わりにとうとう留学してしまう。
うらやましい。
留学の決断に迷いがまったくないのですが、それを理解しバックアップする家族、先生。自分の進路を決めるにあたり、故・藤田田氏に単身で面会を求め「私が若ければコンピューターに関連したビジネスをやると思う」というアドバイスを高校生のときにもらっている。真剣さゆえの行動力。
留学先の高校の授業のレベルが低いと感じ、飛び級を早速申し入れ。さらなる飛び級を申し入れ。あっという間に高校4年生(4年制高校のため)になってしまうが、それでも飽き足らず大学検定試験を受けて合格してしまう。1974年10月。この勉強の仕方といったらすさまじい。やや無謀とも思える目標、決めてしまったら達成する強い意志と集中力。これももって生まれた資質でしょうか。
1975年9月、日本でなら高校3年生の秋に孫さんはホリーネームズカレッジに入学。大学生になっても猛勉強はさらに続き、大学3年生のときにUCB経済学部に編入する。
この時点で、凡庸な人の一生分はゆうに超える努力をしているのではないか?と思えるほど凄まじい。
既に実業家を志していた孫さんは、ホリーネームズカレッジ在学中は食堂ビジネスを、UCB在学中は、ポータブル音声翻訳機を発明し、シャープとの契約までこぎつけている(その後、シャープが商品を発売したのは私も覚えている。そのプロトタイプ、特許が孫さんのものだったとは。)
何かを成し遂げる人には根源的な体験があると私は思っているのだけど、やはり孫さんにもそれがありました。
つづく。
2010年6月4日
孫さんの自伝「志高く」は、2004年に発行後、2008年に再発行されたもの。ソフトバンク社は2006年にボーダーフォン買収という大きな決断をしている。その経緯も再取材で書き加えられている。

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”「デジタル情報革命」前夜”とされた前書きが孫さんによって新しく書かれている。GWに読んだときは前書き飛ばしてしまったので実は今読んだけど、これだけでも興味深い。概要はこうだ。
『トランジスタ数集積率の向上速度を今から十数年前に計算してみたが、現在ほぼそのとおりになっている。
コンピューター中のワンチップ中トランジスタ数が人間の脳細胞数(300億個)を超えるのが2018年。そこからさらに増え、30年後には現在の100万倍になる計算だ。人間の脳細胞数をはるかに超える能力がワンチップに入る。携帯電話の中にスポッと入る。つまり「デジタル情報革命は」始まったばかり。今から100万倍になる。』
孫さんは1990年初めごろにこのような計算をし、果てしなく力を得る情報技術世界の未来を思い描いていたのだ。
私はその頃何をしていたかな。
香港やシンガポールにできた海外子会社の人たちと必死にシステム開発していました。日本のフロントに立って海外と渡り合う夢がかなって楽しい時期でした。同じ年齢の現地の人たちと一緒に仕事するのは本当に楽しかった。でも、初等教育から英語だった彼らに、自国言語を尊重しない民族意識の欠落のような違和感を感じると同時に、教育に力を入れている彼らとの横並びの日がいつかくるかもしれないという恐れを感じていた。
多くの日本人はバブルの余韻にまだ浮かれていた頃だと思う。
このまま楽しくいけると根拠なく思っていた人は沢山いたように感じる。けれども、未来への大きな夢を描いている人はどれだけいたのかわからない。
孫さんの1月のtweetを思い出した。

「光の道」対談にもでてきた日本全国光ファイバー自論も、弱いとされているソフトバンクモバイルのインフラ強化のためと見る向きもある。
けれども、2025年頃には2010年の100万倍のコンピューティングパワーの世界になると1990年代に予見していた人ならば、「そんなセコイ理由じゃない」と主張していた孫さんの気持ちが理解できる。
光の道対談にあった、真剣さは本当に未来を想い未来に向かう今に生きる人のことを考えた思いだったのだと。
「男は賢いばかりじゃダメなんです。 愚直なまでに掘り下げていかないと男は大きくなれん。」
大きく物事を捉え、遥か未来のあるべき姿を見、まい進する。力強いリーダーシップで。
なぜそのような人物になるのだろう。
つづく。

ちなみに、私の答え。結構なさけない。。
2010年6月3日
孫さんの自伝を読みました。「志高く」電子書籍をiPhoneで。

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子供をグローバル時代に活躍する人に育てたいと思っている親御さん、そうなりたいと思っている若い人にはぜひ読んでいただきたいです。大学生は必読。現在の日本の状況が面白くないと思っている中高年にも読んでいただきたいです。
子育て世代のお母さんもぜひ。今までの常識のいくつかはくだらないものとなって吹きとびますよ。
電子書籍でGW中に旅しながら読了。あまりの内容のすごさ、すなわち、孫さんの生き様に圧倒され、レビューが今頃に。内容盛りだくさんなので何回かにわけて書きたいです。
そもそも、まだ生きている人の自伝を読んだのは何年ぶりでしょう?。確か中学生の頃。武満徹さんの自伝を読んで以来です。当時はご存命で、現在の初台オペラシティの構想が描かれていたことを強く覚えています。美しい音楽だけでなく、夢のあるものを残すため色々考えてくださっていることがうれしく思いました。初台オペラシティは日本の中で一番大好きなホールです。
存命中の人で、自伝といえるほど内容の濃い本はなかなか思い当たらない。(現在は故人ですが)武満徹さん、小澤征司さん。そして孫さん。共通するのは、今までの常識をものともせず世界に打ってでているところでしょう。
この本を読むまで、孫さんについて私が伝聞で知っていたことといえば
●社員3名時代にみかん箱の上に乗ってソフトバンクは「世界一の会社になる」と演説したという伝説
→伝聞で聞いた話なので、ついている尾ひれは「しょっている馬鹿だキ○ガイだ変人だ(常識はずれでやや侮蔑の意味を含む)」という類のもの。
●頭からガソリンをかぶり手にはライターを持って、ダークファイバー開放を郵政省(現在の総務省)へ直訴した
→これも伝聞で聞いた話なので、ついている尾ひれは「一人で役所を変えたキチ○イ変人」で、「利権の塊で梃子でも動かない役人(とそれにぶら下がっている半公務員数百万人)を変えるにはあそこまで頭がおかしくないとできない(凄すぎるという意味で尊敬の意味を含む)」というもの。
個人的な興味は、ソフトバンクという雑誌社が、どういう曲折で通信インフラ会社になったのかというところに興味はありました。正直、この2つの伝聞以外に孫さんについて知っていることは無かったし、あまり興味も無かった。
かなり凄かったです。孫さんが在日韓国人3世として生まれたというバックグランドを除いても、常識をはるかにしのぐ、方法、発想、行動力、エネルギー。間違いなく、”世界がフラット化してしまった新時代の” リーダーシップを持つ数少ない人ですし、それがどう育まれるのか教えてくれます。
常識は社会生活をスムースにしてくれる便利なプロトコルですが、ともすれば凡庸な人のための相互監視システムになってしまいます。
自分の子供時代の希望を思い出してみると、常識が味方してくれないことが多かった。それが時折悔しいと思う。
これからの人は新時代の生き様を探って欲しいし、これからの人を支える環境にいる人には旧時代の常識でこれからの人を阻害しないで欲しい。電子書籍ならすぐに読めるし、お手ごろ価格(350円)ででているので、一度読んでいただきたいです。
レビューは続く。
2010年5月28日
iPad出荷のお知らせで多くの人が浮かれているこのタイミングでのプレスリリース、狙っていますね。
ソニー、凸版、KDDI、朝日新聞社の4社でオープンなプラットフォームを提供
なぜSonyだけ、&せめて凸版じゃないんだろう、、と第一印象。プラットホームを作ると言っているのに、インフラ屋さんとコンテンツ利権屋さんが入っているおかしな構造。
このアライアンスのSonyは米ソニー・エレクトロニクス。日本では販売終了した電子ブックリーダーLIBRE、USでは継続販売しているSony Readerを再度担ごうというお話のようだ。
少なくとも報道を見る限りは、iPadで盛り上がっている電子書籍市場に日本ベンダーが危機感をもち、かなりやっつけ的に組んだアライアンスに見えます。
先のAsciiの記事で気になったのがこちらの箇所。
出版社/新聞社が安心してデジタルコンテンツを提供できる環境の整備
出版社や新聞社の安心って何でしょう?違法コピーに関することか。紙媒体流通低下による収入減少のことか。流通のフラット化による媒体権威の低下か。
違法コピーは(様々な難しい点はあるが)技術的に防御するとしても、それ以外のコンテンツの電子化流通に伴うビジネス変化に関する問題は避けて通ることができない。覚悟はできているのだろうか?
「オープンなプラットフォームの整備を図る」
そうだが、コンテンツはiPadでも読めるようにしてくれるのだろうか?Sony Reader用のフォーマットはSony Readerでしか読めなくて結構。同じコンテンツをiTunesStoreでも販売するのだろうか?いま一番人気のある漫画『ワンピース』、Sony ReaderのStoreでも買えて、iTunesStoreでも買えるようにして欲しい。在庫もなく印刷コストもなく、販売管理も紙の書籍流通よりはITの力で簡単に確実にできるのだから、配信先の複数管理、複数フォーマットの管理を怠らず、マーケティングを怠らずやって欲しい。
特定のデバイス、特定の流通経路に特定のコンテンツがロックインしてしまうことを
日本の市場にあった電子書籍ビジネスの立ち上げ
と、考えていないことを期待します。
私は本を読むことを楽しみの一つにiPad購入しましたが、他にもいろんな理由で欲しいと思っている人がいるでしょう。
iPadが与えてくれるのは、電子書籍ではなく、新しい情報体験なのです。どんな種類のコンテンツをどのタイミングで欲しいと思っても、ストレスなく、むしろエンパワーしてくれるようなツール。欲しい!楽しい!という喜びを阻害しないよう、当たり前のように美しく存在するiPad。そのために、人間の感覚、これからの感性をを徹底的に研究して開発したはずです。このアライアンスは、サービスを使う私達のために、そこまで考えてくれるのでしょうか?
それとも、出版社・新聞社の利権、コンテンツの鎖国に向くのでしょうか?
エアリーな気分でつかえるiPad、開放されたと思ったばかりなのに、縛られるのはもうゴメン。
後者でないことを期待するばかりです。
2010年5月18日
iPadの予約、孫さんと佐々木さんの光の道対談を経た今、ようやく佐々木俊尚さんの『電子書籍の衝撃』の感想です。
Twitter上で、『電子書籍の衝撃』が電子本で110円で買えるという情報につられ、すかさずダウンロードして読みました。発熱と喉の痛みが酷い風邪にかかっていて寝込んでいたときでした。
電子本をダウンロードする体験自体が初めて。手順に戸惑いましたが、


Discover21社のビューワーをiPhoneにダウンロードし、Discover21社のオンラインショップにて本を購入すると、iPhoneのDiscover21ビューワー上に本が現れるという仕組みでした。

(現在は単体書籍アプリとしてもダウンロードできるようです)
熱で苦しんでいましたが、ノートPCを使い横になった状態で本が買えて、あっという間に読めるようになったことにびっくり。iPhoneに立ち上がった初めての電子本にわくわくしました。
紙の色を模したようなクリーム色の背景にきれいなフォントの印字は視認性がよく落ち着きがあって読みやすい。iPhoneのフリッカー操作と本アプリは相性ぴったりで、指でパラパラとページをすばやくめくれる。iPhoneを片手に持ち、持った手の指でページめくりできるので、病床でも苦にならず読め、あっという間に読了しました。佐々木さんのいう「本のアンビエント化(いつでも、空気のように存在している、、)」を体験してしまったのです。
電子書籍の衝撃を電子本という形で初体験できたこと、その仕掛けの上手さにやられてしまいました。なんでも、ダウンロード初日はシステムトラブルに見舞われ大変だったとか。前向きに乗り越えられた関係者の様子がTogetterの佐々木俊尚さん「電子書籍の衝撃」ダウンロード販売でサーバーダウンでまとめられています。
さて、本の内容ですが、
まずは第4章で本をめぐる出版社と出版取次ぎの関係を明らかにしたことが本書の大きな意義でしょう。実は電子書籍化の動きは日本では大変長く、10年以上も検討が行われています。にも関わらず電子本の流通が行われていなかったのは、著作権に関する関係者の利権問題が解決できなかったことと、中抜きができない出版業界事情があり、誰も解決できなかった(リーダーシップを発揮して大鉈を振るうことができない)のです。
本を印刷するだけならば50-100万円でできるのですが、出版社が本を「ニセ金」的に取り次ぎへ供託している古い慣習があるため、無名な個人では出版社も編集者も着けることができず、仮についても取次ぎ側で拒否され、市場に流通させることができない。現在のレガシーな出版システムでは、著者は内容の是非すら市場へ気軽に問うことができないというハードルの高さがあります。
黒船AppleのiPhone/iPadやAmazon Kindleが実現した電子本流通の仕組みは、誰でも著者になり電子本を流通させることができます。佐々木さんは、セルフパブリッシング時代には著者と編集者/出版社とのかかわりも変化し、元来出版社が担っていたプロモーションも、ソーシャルの力で変わっていくことを指摘しています。
確かに、誰でもブログを書くことができるように、ある程度まとまったボリュームの文章を電子本の形にすることはできるでしょう。その内容が有益かどうか、今までは出版社のマーケティングがないと本の存在を知ることは難しかったのが、Amazonの書評やTwitterの伝播性で、誰かにとって有益なものならば評価され広まって行くようになると思います。出版社=編集者のような小さな形で著者のエージェントとなり、力のある著者ならば書く内容に応じてエージェントを選ぶような時代になっていくのかも知れませんね。
紙の本がなくなるとは思えませんが、印刷にどうしてもコストがかかる写真を多様する料理本や旅行ガイドのようなものは、コストの安い電子本にぴったりだなと思います。
iPad予約が始まり、もうすぐ日本でも発売されようとする今、電子本の形はトラディショナルなテキストベースのページめくりモノだけでなく、アクセスのしやすさとカラフルさ、動画や音楽などのマルチメディア性、ネット接続によるアップデートのしやすさを統合した新しい形態のコンテンツが出てくるのではないかと期待しています。
佐々木さんの『電子書籍の衝撃』は電子本というスタイルが出版業界だけでなく、私たちの読書スタイルや本という情報の消費変化について示唆し考える機会をいち早く与えてくれました。
電子本のプラットホームがどうやら日本製ではなくなりそうなのは残念には思いますが、出版業界を変えるようなリーダーシップを誰も発揮できなかったのですから仕方がありません。それよりも、誰でもコンテンツで勝負できるいい時代がきたなと思っています。
2010年5月10日
朝起きたら、iPhoneを手にし、Sleep Cycleで睡眠状況を確認し、メールを確認し、twitterを見るというのが最近の習慣です。眠っていた間の出来事がすぐに確認でき、今日は何をすべきか決定できます。手のひらサイズのiPhone、起きぬけ状態の片手で全部できてしまうところがすごい。いままでこんなツール、なかった。ちょっとした近未来にもう、来てしまいました。
iPadが発表されたとき、「でかいiPhoneだ。モーニングビューワーにはならない。ノートPCの代わりに使うにも、ソフトキーボードの動作が気になりそう。」そう思ってSONYのVAIO Pを購入しました。
私がiPadの可能性に気付いたのは、初めて電子本を読んだときです。
Discover21社から出た佐々木俊尚さんの「電子書籍の衝撃」を電子本としてiPhoneで読んだとき。言葉が脳に入ってくるスピードでさくさくページをめくれる快感、片手で寝転びながら読み、暗い中iPhone画面の光で読み、すぐに立ち上がる続きページを合間合間に片手で取り出して読み。紙の本ではできなかった読み方。電子本は読むというスタイルも拡張してくれると体感できたとき、iPadのサイズなら様々なメディアの消費スタイルを変えてしまう!と感じました。
iPadの凄まじいまでの可能性
岸さんは、
・コンテンツのクラウド化による消費場所のシームレス化
・旧来の新聞/ラジオ/テレビ/本/雑誌というメディア種別問わず消費できるというコンテンツ媒体のシームレス化
・テキスト/写真/映像/音楽という表現形式を問わないコンテンツの拡張性
・複数人が1端末を同時に操作できるという新しいインタラクティブの可能性
を説き、『エンターテイメント消費のイノベーションを起こす』と紹介しています。
現在は慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授の岸さんですが、元METIで小泉竹中時代に内閣府に出向し改革を実行した話題の人でした。喧嘩省庁出身らしく普段は批判が多い方ですが、iPadに関しては珍しく褒めています。
残念なのは、このようなデバイスがSONYのような日本メーカーから出なかったことです。
デバイス、と考えるのがよくないですね。
AppleがiPadでやろうとしているのは、新しいライフスタイルの提案です。情報消費の新しいスタイルを提案し、情報そのものの新しい姿を提案し、そのツールとしてiPadを発表しているのです。
ビジョンがあり、「こういうライフスタイルであるべき」というがメッセージがない限り、権利やら利権やら、specやら先端技術やらがあっても、モノはできるかもしれないけど、驚きと感動を与えるものはできない。日本のまじめな中高年技術者に足りていない部分。
見えない情報のストリームが空気中にいつでも流れている時代、私はそれらとコンタクトするアンテナのような気分でiPadを使いたいと思います。
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